私は高校を卒業してすぐ、ケーキ屋で販売員として働いていました。
チョコペンでプレートに文字を書いたり、お客様が購入されたパーツ(砂糖細工)で軽いデコレーションくらいはしますが、基本は出来合いのものの販売メインです。
正式に就職する前に研修で他県のビジネスホテルに7日間泊まりました。慣れない土地の空気に居心地の悪さを感じました。(ホテルはとても快適でした。)
研修の内容は実際の勤務のように時系列順で教わりました。
接客前の掃除や消毒の手順の勉強。
トングでケーキを掴むときの力加減と角度の勉強。(ケーキや掴む場所によって丈夫さや重さが変わる上人によって持ちやすい掴み方が違う)
自分が出せる最大限の大声を出して「こんにちは、いらっしゃいませ」を言う特訓(ビルを揺らすつもりで、と言われました。あんなに大きい声出したの人生初でした。)
鏡を見て「今日も一日、頑張りましょう!」と笑顔で言う練習
接客のシミュレーションで使うお金がおもちゃのお札と小銭で、1円玉、5円玉だけガチのやつで笑いました。(コストの都合だとか)
実際に働いていると、お客様からケーキの味がどんなものかを聞かれることがあり
説明できるように研修中に色々なものを食べることができて、苺のタルトが一番お気に入りでした。
私はケーキの飾りに使う食用植物に詳しくなかったので
タルトの上に乗っているものを「この葉っぱは食べても大丈夫ですか?」と言ったらトレーナーさんが
「これね、セルフィーユっていうの」
と感情の抜け落ちた顔と声で言うのでとても怖かったです(笑)
初日の研修後の外は暗くて霙が降っていてとても寒かったです。
暗くなると昼間に見た景色とまるで違うので、もともとの方向音痴も相俟ってホテルまで帰るのに傘をさして彷徨い歩きました。
ガラケーのマップは見づらかったので、手当たり次第にコンビニに入って買い物をし、店の人にホテルまでの道を聞いてなんとか30分後に到着。
都会ってコンビニだらけな上、従業員の方も観光客の接客に慣れているのかすぐ対応してくださいました。
研修中の飲食物の代金は経費で買えるのでとても助かりました!
飲み物、おにぎり、
翌日からは毎朝ビュッフェ形式のご飯をホテル内の飲食店(とってもオシャレ)で食べ、研修へ向かい箱物の包装の仕方を教わったり、電車で研修地とは別の県へ移動し実際の店舗で見学(ケーキの製造もしている店舗で切れ端とホイップをご馳走になりました)
フランチャイズの店舗の経営の仕組みの勉強、クリームの名称と種類の違いの勉強、接客の心得の勉強。
売り場の清掃。トングとトレイの消毒。仕入れたケーキを解凍したり。
小さい頃の将来の夢が「ケーキ屋さんになりたい」、「本屋さんになりたい」、「花屋さんになりたい」などコロコロ変わっていて、まさか願ってもない頃に叶うと思わなかったです。
ショーケースの裏、結構排熱で暑いんですよね。研修を受ける時まで知らなかったです。
研修中、楽しみながら勉強して働いていましたが、問題は正式に入社して配属された店舗での勤務が始まってから起きました。
誰よりも早く出勤して清掃、消毒など開店準備をある程度こなし、他の従業員が来たら一緒にコンテナからショーケースにケーキを移しました。
開店すると、ショーケースから取り出したケーキを箱に詰めなくてはいけません。
勤務先は研修の時にお世話になった店舗よりたくさんのお客様がみえたのでスピードをかなり上げないと回りません。
焦るあまり力加減を間違えて、柔らかくて重たい1ピースのケーキをトングで挟んだ時に崩してしまうことがよくあり、自主的に弁償として買い取って昼ごはんにしていたため毎日昼ごはんがケーキでした。
給料の5分の1くらいはケーキ代に費やしていました。
親身になって相談に乗ってくれる先輩から、店舗ならではのケーキの持ち方などのルールなど色々教わり3週間ほどがすぎた頃のことです。
ある時、勤務中に社長から店舗に電話があり、話があるから休憩時間に抜けてきて欲しいとのこと。
嫌な予感がしましたが、休憩時間が来るまで仕事をこなし、待ち合わせ場所に向かいました。
勤務先が商業施設内だったのでフードコートで話をすることに。
「良くない話だってことは多分気づいてると思うけど、これ見て」
社長はそう言ってテーブルの上に黒くて小さいリングメモを放り投げました。
私が固まっていると
「読んで」
と一言。
恐る恐るメモを開くと
⚪︎月⚪︎日
ケーキの持ち方が違うと指摘したら「研修ではこう習った」と口答えをしてきました。
⚪︎月△日
〇〇のことで相談され、対処法を教えましたができたりできなかったりでムラがあり。改善が見られません。
⚪︎月◻︎日
チョコペンの扱い方が違うことを指摘しましたが「研修ではこう教わった」とまた口答え。正しい使い方を教えましたが納得がいかない様子でした。
などなど私の毎日のミスややり取りを事細かにメモを取ってありました。
身に覚えがあるけれど、本当にみっちり研修で教わった通りにやっていたことを普通にやっていたら「うちにはうちのルールがあるんだよね」と言われて全面否定されて困惑していました。
事情の説明が口答えになってしまうんですね。
我流で適当にやっているわけではなかったです。
この報告用メモを取っていたのは一番親身になってくれていた先輩でした。
毎日出勤が一緒というわけではなかったので、他の人から私がどんなミスをしていたたか聞き出して書いたのだと思います。
私が静かにメモを置くと社長はメモを指差しながら
「これだけのミスが毎日のようにあるってことは、向いてないんだと思うよ。残念だけど別の仕事についてもらった方がお互いのためだと思う。研修の時のトレーナーさんがあなたのことをベタ褒めしてたから、一応月末まで様子見させてもらうけど。改善されないなら、分かるよね?」
その会話の後、持ち場に戻り、何事もなかったように笑顔で接客をこなし、退勤時間になった後、制服のまま店舗裏で泣きました。
そして月末までにケーキを1つも無駄にせずに、ミスも何もなく勤務を終えたことは1日あるかないかだったので自主的に退職することになりました。
短かったけど悪い思い出ばかりではなかったです。
ケーキって、お祝い、お返し、ご褒美のために買いにくる方がほとんどで、笑顔のお客様が多いんですよね。
焦るとミス(主にケーキを潰す)が増える私がスピードについていけなかったので辞めることになりましたが、もう少し気持ちと時間にゆとりを持てたら、まだまだ働けていたと思うと悔しい気持ちでいっぱいです。
今でもケーキ屋さんに入ると当時のことを思い出します。